大分 文化

歯ごたえのある本でつながる「別府鉄輪朝読書ノ会」

書き手土井夢津子
ここちカフェむすびの

 湯けむりが立ちのぼる別府市の鉄輪エリア。石畳の路地を抜けると、明治41年に建てられた医院を改装した「ここちカフェむすびの」が静かに佇んでいる。ガラスの引き戸を開けて中に入ると奥に木の階段がある。その階段を上がった2階で開かれる読書会が「別府鉄輪朝読書ノ会」だ。月に一度、日曜朝10時、県内外から本好きな人たちが集まり、一冊の課題図書について語り合う。そして本にちなんだ料理を味わう。「別府鉄輪朝読書ノ会」は、読書会という枠組みを少しはみ出したような場だ。

 2年前、私は初めてこの読書会に参加した。多い時で15名ほどが集まり、毎回最初に対話のルールを確認する。それから本について語り合う。この会に参加すると、一人では気づかない深い視点を得ることができる。私にとって月に一度、趣のある場所で文学に触れる時間は、何にも変えられない大切な時間になっている。

 そこで「別府鉄輪朝読書ノ会」を主催する志水さん(大分市出身)と、会場となっている「ここちカフェむすびの」店主の河野さんに、読書会を始めたきっかけや本にちなんだ食事について話を伺った。

読書会主催者の志水さん(左)とここちカフェむすびの店主の河野さん(右)

文学の香りをもたらしたい

 この春、「別府鉄輪朝読書ノ会」は十周年を迎えた。「読書会」と聞くと、好きな本について語り合う場を想像するかもしれない。でも、「別府鉄輪朝読書ノ会」で扱うのは、簡単には読めない本が多い。純文学を中心に人文学や哲学につながる作品、詩集や短歌集など、ひとりではなかなか手に取らないような本を事前に読んで参加する。

「読んですぐ分かる本じゃなくて、疑問が湧いたり、いろんな読み方ができたりする、“歯ごたえがある本”を選ぶようにしてます」そう話すのは主催者の志水さん。この会を始めたきっかけは、文学や人文学が軽視されつつある社会への危機感があったという。

 「理系教育が重視されて、文学部はいらないんじゃないか、みたいな議論があった時期でした。でも僕にとって文学は人生に必要なものだったし、支えでもありました。人文学の大切さを伝えるなら、文学作品を読む場をつくるしかないと思ったんです」そんな思いから、2016年4月に「鉄輪朝読書ノ会」は始まった。

たくさんの対話が生まれるここちカフェむすびのの2階。

本にちなんだ料理

 10年前に志水さんが読書会の構想を話すと、お店の2階を活用したいという思いが重なり、本にちなんだ料理を毎回出すことを提案。こうして、“読む・語る・味わう”がひとつになった、全国でも珍しい読書会が生まれた。印象的だった料理を尋ねると、河野さんは『奥の細道』を挙げた。深川が出発点だから、深川飯から着想したアサリ蕎麦。それと出発の句「行春や 鳥啼魚の 目ハ泪」(ゆくはるや とりなきうおの めはなみだ)からヒントを得た、うるめいわしを添えたという。「自分でもバランスがいいなって思う料理ができました。上手くハマった時は参加者にも伝わるみたいで喜んでくれるんです」

 本について語り、その余韻のまま料理を味わう。そんな時間がこの読書会の楽しみになっている。

 もっとも、この読書会の魅力は食事だけではない。
 参加者たちは、それぞれ本を丁寧に読み込み、自分の感じたことや経験を重ねながら語り合う。

 「みなさん、本当に読み込んで来られるんです」。河野さんはそう話す。付箋が何枚も貼られた本を手に話す参加者の姿に、毎回驚かされるという。

第116回『あなたのための短歌集』木下龍也著の時の料理。メニューは作品の中に出てきた鮭のおにぎり、ケバブ、バナナ。

志水さんと本との出会い

 志水さんが本に惹かれたのは、中学生の頃。友人の家の本棚に並ぶ文学作品に魅了され、それからはお小遣いの全てを本に使うようになった。高校時代には、自分でも読書家だと思うほど本を読んでいたという。

 高校を卒業してからは東京の予備校へ通い、そこで出会った先生から文学や哲学の話を聞いて刺激を受けた。それで大学は文学部の哲学科に進み、純文学や哲学書など、たくさんの本を読んだ。当時、マルティン・ハイデガー に強く惹かれていたという。代表作『存在と時間』をドイツ語で読み込み、「今でも折に触れて開く本ですね」と話してくれた。大学在学中は映画学校にも通い、卒業後は東京でグラフィックデザインの仕事に携わった。その経験を生かし「別府鉄輪朝読書ノ会」とネーミングしたりキャッチコピーを自ら考えたりしている。

「この会がなかったら、一生読まなかった本です」。そんな言葉を聞くたびに、読書会を続けてきてよかったと感じるそう。

これからの「鉄輪朝読書ノ会」

 十年という時間を重ねるなかで、読書会も少しずつ新しい形を模索している。「読むだけじゃなくて、創作する回も増やしたいと思っています」 以前、『短歌ください』を課題図書にした際、参加者が自作短歌を持ち寄る会を開いた。「自分で作ると、作品の感じ方が変わるんですよ。だから、創作も大事にしたい」と語る。参加者の個性的な表現に、志水さん自身も大きな刺激を受けたという。

 さらに十周年を記念し、「鉄輪朝読書ノ会」のZINEも制作中だ。これまで積み重ねてきた対話や記録を、一冊のかたちにまとめる。

 本を読み、語り、味わう。この営みは、単なる読書会という言葉だけでは言い表せない。一冊の本について語り合うなかで、参加者たちは自分の経験や考えを自然と重ねていく。食事をともにすることで、場の空気もやわらぎ、自然と会話が生まれる。

 本を通じて、人と人がつながる。そして、自分ひとりでは出合わなかった考え方や価値観に触れ、世界が少しずつ広がっていく。そんな時間が、この場所には流れている。

 「たくさんの人にこの会を知ってもらって、参加してもらえたらうれしいです」 志水さんはそう話す。これからも、「ここちカフェむすびの」の2階では、毎月本を持ち寄って語り合う時間が続いていく。

1階にある本棚には、これまでの課題図書が並んでいる