受け継ぐ縁、紡ぐ技。千年以上の歴史を持つ老舗うちわ店が見据える、100年先の未来

平安神宮の表参道、神宮道から少し東に入った静かな場所に位置する小丸屋住井。その歴史は千年以上とも言われ、うちわ作りは天正年間(1573〜1592年頃)に時の帝より「伏見深草の真竹を使い、団扇作りを差配せよ」と命を受けたことがはじまりとされている。
小丸屋住井の代名詞といえるのが、白地に濃い朱色で舞妓や芸妓の名を入れた「京丸うちわ」。京都の五花街(祇園甲部・祇園東・宮川町・先斗町・上七軒)では、舞妓や芸妓がお世話になった人へ自分の名入りのうちわを配る風習がある。暑くなってくると、お茶屋や料亭などにうちわが飾られる光景は、古くから親しまれる京都の夏の風物詩だ。
「京丸うちわ」は小丸屋住井の職人の手で、一本一本丁寧に作られている。
小丸屋住井の店舗には、今まで手がけた数々の作品が美しく飾られている。その一つひとつを見て回りながら、その佇まいや職人技を感じる伝統技術に、取材前から圧倒されてしまった。
うちわ文化の継承を最優先に考え、現在も伝統的な製法を守り続けている小丸屋住井が100年先まで残したいモノとはなにか。10代目、住井啓子さんにお話をきいた。
先祖が守ってきてくれた縁を次世代へと繋いでいく

時代の流れとともに、うちわの土台となる真竹の生産数も減り、扱える職人の数も減った。住井さんは現在、日本でうちわ作りができる職人を育成している。「職人さんを増やしたり、一所懸命ほかの人たちに伝えたりして文化を残していこうとしています。そうして先祖がずっとやってきてくれたおかげで、 さまざまな形で子孫に“徳”が残っている。だから今もまだ続けられているのだと思っています」
ご先祖様が守ってきたものを“徳”として、時代を越えて受け取り、周りの人へ返していく。400年以上の歴史あるうちわ文化を守ろうとする、住井さんだからこその強い言葉だ。
ただ、うちわ文化を守りたい。そのために動き続けた

現在、小丸屋住井の商いは舞台の小道具が約6割を占める。続いて、舞扇が三割。うちわの売り上げは会社全体の約1割ほどという。うちわは自社のホームページで販売しているが、ネット市場には流通せず、デパートなどへの売り込み営業もしない。
会社の収入としては少ない事業。それでも住井さんがうちわ事業を続けるのは、ひとえに「うちわ文化を守りたい」「業界全体がよくなってほしい」という強い願いから。一言、一言紡がれる言葉からは決意とともに、多くの苦労も感じられた。
「うちわ事業は利益を上げようと思ってやってきたわけではなく、ただ、ご先祖様がやってきたうちわ文化を代々継承し続けたいという思いがあります」
紡いできた縁が、次の100年をつなぐ

その時々でさまざまな人と関わり、お客様にご来店いただいてご希望に沿ったうちわを作り続けてきた小丸屋住井。
住井さんは、次の100年をどのように見ているのだろう。
「次にやることは、江戸中期や後期に作ったものを復刻していこうと思っています。今職人さんがいる間に、うちわづくりや小丸屋住井の歴史を後世に残していくためにがんばっています」
近年では、「BEAMS」(1976年創業の日本を代表するセレクトショップ)のロサンゼルス出店や、「THE CRAFT JAPAN」(日本各地から集めた伝統工芸品を多数取り扱うセレクトショップ)の成田空港での新店舗にも声がかかったという。
「ただ、ひたすらコツコツやっているのを見ている人たちが、小丸屋のうちわを海外に持っていきたい、一緒に仕事をしてみたいと思ってくださるんです。結果、海外の方にも発信できています」
数々の経験に裏打ちされた住井さんの言葉は揺るぎない。
ご先祖様が周囲を大切にしながら紡いできた縁とうちわ文化を受け継ぎ、住井さんは次のステップを見据えている。その温かい人柄や小丸屋の確かな技術に惹かれた人々に支持され、輪はどんどん広がっていく。そうして100年後もその先も、続いていくのだと感じた。
取材にご協力いただいたスポット
小丸屋住井
創業:寛永元年(1624年)
住所:京都市左京区岡崎円勝寺町91-54